連載・特集

2018.7.25 みすず野

 「この頃の暑さにも堪へ兼て風起す機械を欲しと言へば、碧梧桐の自ら作りて我が病床の上に吊りくれたる、仮にこれを名づけて風板といふ」。近代俳句の創始者、正岡子規が新聞「日本」に、死の2日前までつづった随筆集『病牀六尺』の7月19日の文章である◆時は明治35(1902)年。暑さに耐えかねていた重病の子規に、友人の河東碧梧桐が「風板」を作って、吊り下げてくれた。ひもを引いて風を起こす仕組みで、子規は夏の季語として「風板引け鉢植の花散る程に」と詠んだ。当時扇風機は、芝浦製作所(現東芝)で開発されていたが、大変高価なもので、庶民に普及し出したのは大正期だ◆日本で日中の最高気温が、35度を超える日が急増するのは20年ほど前から。気象庁が35度以上の日を「猛暑日」と呼んだのは、平成19年。したがって子規のころの暑さは、猛暑レベルではあるまい。今夏はさらに超えて「命の危険がある暑さ」(気象庁)になっている◆40度超えの日が名づけられることになるかもしれない。地球温暖化に伴い、40度超えは増える見通しというから、各方面恐ろしく影響が出るだろう。