2026.2.27 みすず野
2026/02/27
後で読む
古典落語には「粗忽の釘」のように慌て者が登場する。ほとんどは町人だが「粗忽の使者」は侍が主人公。とんでもない慌て者として描かれている。使者の役を言いつかったが大名屋敷に着いて、その内容を忘れてしまう◆子どものころから忘れる度に親に尻をつねられて思い出してきた。家臣に頼みつねってもらうが思い出せない。その様子を見ていた出入りの大工が釘抜きで尻をひねる。侍はようやく用件を聞かずにやって来たことを思い出す◆文筆家の戸井田道三はこの話を「落語家の創作かと思っていたが、どうもそうではないらしい」という。16世紀末から約20年間長崎にいた外国人が書いた本に「私たちは何かあることを思い出そうとするときは額を手で叩くが、彼らはおしりのうしろ下を叩く」という文章にぶつかったと(『忘れの構造 新版』ちくま文庫)◆西洋人が珍しがって書いているからにはそのようなしぐさをしたのだろうといい「落語はただの思いつきではなかったらしいのである」と結ぶ。この間の選挙で当選した国会議員の皆さんが、有権者との約束を忘れるようなら、釘抜きを持ち出さないといけないかな。



