2026.2.13 みすず野
2026/02/13
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来月末で勤め先を定年になるという方もおられよう。多くが55歳が定年だった頃に社会に出たが、現在は60歳から65歳が中心のようだ。その年を過ぎても働き続ける人が増えていて、地区の自治組織の役員がなかなか決まらない大きな要因になっている◆中国では官僚の定年を「致仕」といって、古代から70歳になると願い出て致仕するのが礼にかなった潔い身の処し方だった。中国文学者の井波律子さんが自身の定年を翌月に控えた17年前の2月に書いている(『時を乗せて 折々の記1』本の泉社)◆実際にはずるずると居座る者が多かったという。唐代の大詩人白楽天は致仕を願い71歳で退職。定年後、俸給の半分が年金として給付された。これをもとに悠々自適の日々を送り、75歳で世を去った◆対照的なのは同じ唐代の詩人賀知章。官僚としてはあまり有能ではなかったが86歳でようやく致仕。故郷に戻り間もなく死去した。帰郷時の七言絶句「回郷偶書」で「若くして故郷を離れ、年老いて返ってきた。お国なまりは変わらないが、鬢の毛はうすくなってしまった」とユーモラスに歌った。井波さんは退職後、令和2年に亡くなった。



