2025.8.31 みすず野
2025/08/31
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弊紙で土曜日に連載中の「古文書は語る」で、江戸後期の文化年間にロシアが日本を襲撃する事件があったことを知った。文化露寇と呼ぶという。執筆者の歴史の専門家・後藤芳孝さんが「文化露寇の名は初めて聞いた」と言うのだから、あまり知られていないのだろう◆後藤さんの筆によると、文化3(1806)年に現在の北海道辺りがロシアに襲撃され、日本が敗北する事件を指す。ここだけを切り取ると、ロシアに非があるように聞こえるが、前段に日本の対応のまずさがある。許可書も出した長崎入港を、許可した幕府の老中の松平定信が失脚していたため、約束をほごにし、帰国を命じたのだ。ロシア側が怒って暴れたのも心情的に分かる◆ロシアとの戦いといえば、明治時代の日露戦争を思い浮かべる人が多いだろう。日露戦争と関係の深い「明治三十七、八年戦役祈念館」が昔、松本にあった。松本市立博物館の前身の施設だ◆戦後80年の8月。日中戦争や太平洋戦争が注目されたが、最終日に、それ以前の戦争にも、目を向けてみたい。どうして起こったのか、止める方法はなかったのか。歴史に学び、不戦の継続を願う。