2025.8.28 みすず野
2025/08/28
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戦時中はイワシばかり食べていたような気がすると、昭和12(1937)年に長崎県で生まれた作家の野呂邦暢は「夕方の匂い」という短い随筆に書いた(『夕暮の緑の光』(みすず書房)。夕方になると向こう三軒両隣が七輪でイワシを焼いた◆戦後、食料が払底したときも食べていた。その時刻、ものを煮炊きする匂いが家々から流れ、子どもたちはそれをかぎつけて家に戻る。「ラジオの音響、母親が子供を叱る声、赤ん坊の泣き声、膳を出して皿小鉢を並べる気配、それが日本の夕方であった」◆子供の頃「夕食がカレーライスであるということは事件にひとしかった。遊びをやめて帰った仲間が表にとび出して来て、うちは今夜カレーライスだぞ、と大声で叫んだことがあった」とも。その頃から日本は徐々に復興しつつあったと語る◆戦後の食糧難は、戦時中より悲惨だったともいわれる。戦争が終わったからといってすぐに食糧難が解決されるわけではない。世界で今も続く飢餓をこの時に体験したのだ。叫んでから家に引っ込んだその子は、再び勢いよく駆けだしてきて意気揚々と宣言した。「肉が入っているカレーだぞう」