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2025年

2025.7.29 みすず野

2025/07/29
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 背表紙が色あせた文庫本を、朝の涼しい時間に何となく手に取ったら思わず引き込まれた。中公文庫の『若き日と文学と』。昭和49(1974)年の発刊だ。旧制松本高校でともに学んだ作家の北杜夫さん、辻邦生さんの対談集◆まえがきで北さんは「辻と私とは、旧制高校からの友人である。友人というより、彼は初めから私にとって文学の先輩であった」と語っている。対談は二人が40代前半の時。ともに人気作家だった◆辻さんはあとがきで、生命が歓喜であると単純に言いきれぬ時代に住んでいて、そこでの文学もまた苦渋にみちた表情をもっているが「北も、私も、ともに、『そういう時代だからこそ、いっそう私たちは真の生命をとり戻そうではないか。笑いや、でたらめや、多少のいたずらや冗談によって、コチコチに形式化した人生、青ざめた人生、眉をつり上げ眼をいからせた人生に、溌剌とした愉しい気分をとり戻そうではないか』と言いたいのである」と◆発売と同時に買い、夢中で読んだ覚えがある。それなのに辻さんのこの文章は覚えていなかった。年を経て響くこともあるらしい。「そういう時代」が続いている。

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