2025.7.11 みすず野
2025/07/11
後で読む
落語家の三代目三遊亭金馬(1894~1964)は釣り好きで知られた。古い釣友から教えられたこととして「ぼくが守っているのは、いかなる場合といえども釣道具だけは、他人さまに貸したことがない、また、他人さまの道具を借りたことのないこと、この二つだ」と書いている(『つりが好き』河出書房新社)◆渓流釣りを始めた頃、担当していた役所の職員から胴長靴を借りた。釣り用は川に入ってもいいように胸当てが付いて、底に滑り止めが施してある。借りたのは水害用に備えてあった重いゴム製で滑り止めはない。これを着けて川に入り、滑って転んだら大きく破れてしまった◆翌日、職員に謝りながら返却した。彼はにこにこ笑いながら、処分することになっていたものだから心配無用だと話してくれた。若く見えたがいくつか年上で、常に人をそらさない話し方をした。後年、県会議員になり驚いたが、何年か前に亡くなった◆金馬は持ち主にとってかけがえのない釣り道具の貸し借りで、けんかなどしたくないと。胴長靴を借りたこの時期になると彼を思い出す。借りたままの好意を返すことができないのが切ない。