2025.5.29 みすず野
2025/05/29
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「五月二十九日、私は古田さんの夢をみた。しかも、一晩のうちに二度みたのである」と、小説家の上林暁(1902~80)は「古田さんの思い出」を書き出す。筑摩書房創業者の古田晁のことだ。テーブルで唐木順三と酒を飲んでいるが、臼井吉見はまだこないという夢。ともに同郷で古田の盟友だ◆上林は病を得るが、古田の発案で全集が発刊される。「『僕は太宰君が一番好きで、上林さん、あなたが二番に好きです』と古田さんは私を激励してくれたこともあった」と振り返る。全集は「精神的には、病気で寝ている私を元気づけ、物質的には、生活をうるおすことになる」と感謝する◆昭和48(1973)年10月古田死去。「フルタサンナゼシンダ ゴ メイフクヲイノル」と電報を打つ。「臼井吉見氏が『安曇野』を完成したとき、ともに喜んでくれる古田さんがいないのを悲しみ、『安曇野』を古田さんに献じている気持もわかるように思う」(『随筆集 故郷の本箱』夏葉社)と◆翌年「ちくま」6月号に掲載。随筆集選者の山本善行さんはこの作品などが「上林の真骨頂ではないかと思う」と解説。古田への思いがあふれる。