忍ぶ川D
再構想中に緊急入院

 脚本の初夜のシーンをすべてカットしろ、などと主張した吉永小百合の父芳之(よしゆき)との交渉が物別れに終わり、所属する日活で「忍ぶ川」の実現が断 たれた熊井啓はフリーに転じた。
 「吉永君(小百合)が吉永氏(父)の反対を押し切って、私たちスタッフを信頼し『忍ぶ川』を完成していたならば、全く違った人生コースを辿(たど)った に違いない」と熊井は「映画『忍ぶ川』をめぐる総(すべ)てについての記録10」で述懐するが、確かにそうだ。「忍ぶ川」は吉永小百合の代表作になった可 能性がある一方、そこでヌードを披露した場合、今日のイメージとは異なる吉永小百合を歩んだと思われる。
 フリーの熊井が最初に撮った「地の群れ」は原爆被爆者、朝鮮人ら差別される者同士が憎しみ、諍(いさか)い合うさまを赤裸々に描いた問題作で、昭和四十 四(一九六九)年七月完成するものの、封切りは翌年に持ち越された。
 じっとしていられない熊井は、遠藤周作の小説『海と毒薬』を映画化したいと、遠藤宅を訪れて許可を得、シナリオ第一稿を書いた。さらに秋元松代の戯曲 『かさぶた式部考(しきぶこう)』を読んで感銘を受け、シナリオを書き上げて製作会社に働きかけてみたが、これも思うに任せない。
 「芸術祭参加作品の仕事をしてもらえないか」と、広島テレビから依頼されたドキュメンタリー「光と風の生涯」(被爆死した旧制広島高校教授のわが子にあ てた遺書の話)を作り、続いて沖縄渡嘉敷(とかしき)島民たちの集団自決を扱った映画「沖縄心中」の製作を検討するなか、東京映画プロデューサーの椎野英 之(しいのひでゆき)から電話がきた。「何かいい青春ものない?」
 熊井はとっさに「『忍ぶ川』はどうでしょう」と言ってしまった。「忍ぶ川」はもともと東京映画が企画し、頓挫(とんざ)していた。
 しばらく間をおいて椎野は「いいねえ、『忍ぶ川』…」とつぶやき、熊井が「シナリオはできてます」と言うと、「それ、すぐ見せてよ」と話が進んだ。
 「忍ぶ川」のシナリオは椎野らを通じて東宝に渡り、製作が決まった。彼から「やりましょう」と聞かされた熊井はにわかに信じられなかった。日活であれほ どすったもんだがあり、あきらめていた「忍ぶ川」が日活を辞めたら出来るとは。
 主演は加藤剛(ごう)、ヒロイン志乃(しの)役は原作の三浦哲郎(てつお)が熊井に「栗原小巻(こまき)という新人女優がいるが、どうだろう」と提案 し、希望が通って栗原小巻になった。二人とも俳優座の劇団員、スケジュールが調整しやすいことも幸いだった。
 ところが、すんなり行かないのがこの「忍ぶ川」の宿命のようだ。
 昭和四十六(一九七一)年二月十五日、熊井啓は自宅トイレで吐血・下血し、救急車で多摩川病院に緊急入院、病室でも吐血・下血を重ねた。
 妻の明子さんの記録によると、「すごく荒い呼吸、早く弱い脈。胸苦しさを訴え、もがき、酸素吸入の管をはずしてしまう」のだった。三日後、ショック状態 のまま手術室に運ばれ、開腹手術が施される。
 医師に「手術室から生きて出て来られるかわからない」と告げられた明子さんは右往左往し、「忍ぶ川」の録音を担当する太田六敏(むとし)に電話した。太 田は穂高矢原(やばら)の出身、熊井の親友だった。
 連絡を受けた太田は妻と車に飛び乗り、「熊ちゃん、ばか野郎! 死ぬなよ、何としても『忍ぶ川』を撮るんだ」と叫んだ。熊井が死んでしまったような気が して涙が止めどなく流れたという。
 手術は終わった。医師団の長い討議を経て明子さんと太田が受けた説明は、原因は判然とせず、この二、三日がヤマとのことだった。
 その後、点滴と保存血の輸血が繰り返され、病状は一進一退だったが、太田夫妻が機転を利かせて連れてきた学生らの新鮮血を輸血すると、熊井は目覚ましい 回復を見せた。
 手術後いらいらを隠せず、「医者の言うことを全部書いておけ。『白い巨塔』なんてもんじゃないからな、現実は」と明子さんに言いつけた熊井も次第に機嫌 を直し、四十五日後の三月三十一日、退院するに至った。
 この闘病体験を熊井は「たった七年間で監督生活を終えるのは悔しかったし、私には意地があった。この悔しさと意地が、私をささえていた」と録している。 (「病魔を克服して」)
 あの「黒部の太陽」から「忍ぶ川」に至る闘いのストレスが限界を超え、深酒で紛(まぎ)らわせる月日も重なって、もともとの痩躯(そうく)が悲鳴を上げ たに相違なかった。
 文と写真/赤羽康男





熊井啓の経歴
 熊井 啓(一九三〇−二〇〇七) 映画監督。豊科町(現・安曇野市)に生まれ、松本市で育った。松本中(現・松本深志高)から松本高等学校に入学、新制 の信州大学理学部を卒業した。独立プロの助監督を経て日活撮影所監督部に入社、助監督後、「帝銀事件・死刑囚」で監督デビュー、骨太な社会派監督として活 躍した。「海と毒薬」でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)、松本サリン事件を題材にした「日本の黒い夏−冤罪」でベルリン国際映画祭特別功労賞な ど受賞多数、紫綬褒章も受けた。主な監督作品に「黒部の太陽」「忍ぶ川」「サンダカン八番娼館・望郷」「深い河」ほかがある。